師の後ろ姿


西陵高等学校 剣道教士八段 片山 倉則 
「剣報長崎」第24号 平成18年9月 より
玉竜旗、インターハイと生徒の引率に追われ「あっ」という間に時間は過ぎていく。こんな時「何でもいいから原稿を・・・!」と言われると戸惑ってしまう。つまり勉強不足なのである。私の師が聞かれたら、きっと嘆かれることであろう。師は常々『風流で優雅さがあり、思いやりのある日本人たれ!』と言われていた。これが目的とするならば、私はきっと不肖の弟子である。ばたばたと日々を送り、風流どころか優雅さなどひとかけらもない。こんな私にも印象に残る思い出がある。それは、自転車に乗って道場へ急がれておられた『師の後ろ姿』である。師は五島の片田舎にありながら、数多くの弟子を輩出された故・馬場武雄先生である。もう三十数年も前の話であるから、師が六十から七十歳の頃であったろうか。何十年も師から様々な指導を受けていながら一番鮮明に残っているのが、『師の後ろ姿』なのだから、何とも情けない話である。師の余りの偉大さに子供ながら、正面から見ることができなかったのかも知れない。臆病で引っ込み思案の少年は、きっと『師の後ろ姿』をジッと見ていたのであろう。道場で子供達が待っているから急いで行かねばという老剣士の後ろ姿には愛が溢れていた。自転車のハンドルをグッと握った背筋はいつも天下を見ているようにも見えた。そこには剣道に対する情熱がひしひしと感じ取れた。私の気力が萎えてくると不思議にその後ろ姿は現れてくる。さて私は現在、西陵高校剣道部の監督になって十年になろうとしている。進学校ということもあり、練習時間や部員の確保に苦労をすることもあるが、少しでも部活動の実績を上げることが出来るように努力しているつもりである。なるべく平静を装いながら頑張ろうと心掛けているつもりであるが、水面下では水鳥の足のような日々が続いている。練習を休みたい時、負けが込んできた時、やる気をなくしてきた時などに限って『師の後ろ姿』は現れてくる。もちろん後ろ姿は無言なのだが、私の心には突き刺さるような、またある時は包み込むような感覚がある。今日もまた「竹刀を持たねば剣道が始まらないようでは、まだまだ浅い!原稿ひとつ書けなくてどうするのだ!」と師の後ろ姿は言われているように思えてくるのである。私が剣道を続けていく上で『師の後ろ姿』は「私の宝」であり、『師の後ろ姿』から発する目に見えない力は大きく、学ぶべきものは数多く奥は深い。あれから三十数年、『師の後ろ姿』の足元にも及ばないが、私も一人の教師として生徒達に接している。“道場には生徒より早く、素振りは生徒より多く、気迫は生徒より強く”などを心掛けているが、いったい私の生徒達は『私の後ろ姿』をどのように見ているのだろうか。私の少年の頃と同じように『師の後ろ姿』をジッと見ている生徒がいるとするならば、教師とは怖い仕事である。私は『私の後ろ姿』を作るためにきっとこれからも『師の後ろ姿』に励まされ勇気づけられて剣の道を歩き続けることだろう。