日本の伝統的精神文化のとしての居合道
いわゆる日本刀と呼ばれるものが作られるようになったのは平安時代後期(11−12世紀頃)と言ってよいだろうが、本格的には貴族社会から武士が支配する社会に移った鎌倉時代(13世紀)に入ってからである。武士(さむらい)は弓、槍、薙刀(なぎなた)その他いろいろな武器を用いたが、それらの中でも「刀」はとりわけ武士にとって命をやり取りする神聖な武器として大切に扱われてきた。その刀の扱い方の集大成が居合道の源流である。
居合道が生まれたのは戦国時代末期(16世紀)である。敵から突然に襲われた場合、刀によっていかに己の身を守るかという様々な技が体系的に考案され、多くの流派が生まれた。1867年江戸幕府が倒れて武士の時代は終わった。新しい明治時代以降は武器としての刀の使用は禁じられたが、真剣を用いた居合道、刀の代用である竹製の刀すなわち「竹刀」と「防具」を用いた剣道、その他、杖道、弓道、柔道、空手道などはその後も日本の伝統的武道として今日まで盛んに伝えられてきている。
居合道は己の身を守るために人を切る技術として生まれたが、命をかけて戦う中で深く宗教と結びついた。ことに仏教の禅思想の影響を強く受け、日本人の死生観、いかにひとりの人間として美しく生きるかという人生哲学たる「武士道」を生み出し、日本人の精神文化形成の重要な要素となっている。
平和な現代における日本武道の意義は、楽しみや健康のために行うスポーツというようなものではなく、本質的に人格形成のための精神修行(spiritual
discipline)にある。また居合道に用いられている刀や衣装は日本の数多くの伝統工芸の粋を集めたものであり、居合道は日本の精神文化のみならず、伝統的な物質文化の保存・継承にも一役かっているといえよう。
(夢想神伝流 教士八段 宮崎賢太郎)